hinatazoukeisha’s blog

日表造形社:2015年4月創立純文学文芸結社。主催:小柳日向。活動:主に純文学小説の創作と販売。傍で、詩誌のアンソロジー企画と装丁画の外注や紙媒体のデザインも請け負っている。

福岡文学フリマ参加要項及び近況報告内心描写

10/30の福岡文学フリマ。参加できるか危うい綱渡りの末、周りの助力のお陰で、参加できる運びになりそうです。

体調次第という懸念は御座いますが、ご理解の程宜しくお願い致します。


さて、一応近況報告から入らせて頂こうかと思いますが、10月から復学の末、ビジネスハイな状況に至っていたこともありまして、ヤル気と体調が追い付かず、デザインの授業中に祖父江進さんの本の作り方などのレジュメを楽しく読んでいる最中に、意識が吹っ飛び卒倒した様子です。聴講生の話や保健管理センターの方の話を伺うと、卒倒した際の意識はなく、痙攣を起こし、顔色も土気色、唇は乾燥し、限界体重を下回り、活動限界のキャパシティーを超えていたようすです。

ああ、こんな組版があるんだとか、ああ、こんな形で書籍のデザインができるんだとか、確か「ほぼ四角」という形の本の形を読んでいた最中だったと思います。

私の大好物な吉田戦車さんの本のデザインをされている方で、ワザと落丁や乱丁を試みたデザイナーさんであり、純粋に「面白い」というものを追求したデザイナーさんのお話で、本の既定概念を覆すような、発想や試み、失敗やら積み重ねで作り上げてきた、そういったデザインに、興味が持って行かれていた。そんな授業でありました。

その授業を受講する前、事実上、不眠と摂食障害に悩まされていた部分がたたり、今回のような事案を起こしてしまいましたね。

お金の面で大変な苦労を強いられていた、休学の一年間でしたが、苦しくないと云えば、嘘になり、また人間関係上のトラブルが休学する前から、引きずる程困難な事態であったこと、7年前からの持病でどうしても立ち直るのに時間を要したこと。そして、今本当に自分が何がしたいのか、と鑑みた時に、就職や人間関係よりも、作家として生きていく道をもっと真剣に考えたいと思うようになりました。

尊敬する教授や、同学年や先輩、後輩の刺戟を顕著に受け、3年次の時に、教授と話した際に「作家になりたいんやろ?創作を続けたいんやろ?」っていう、私の心の奥底に隠していた気持ちを、一瞬にして見破られ、私は二の句も編むことも出来ないほどの泪を流し、それでも劣等感に苛まされてきた人生に於いて、自信というものを持てずにいたのです。

しかし、泣きながら喫煙所で教授が笑いながら、私の頭をバシバシと叩いて、その時に云ってくださった一つ一つの言葉が、私の支えになっておりました。尊敬する相手から見破られた、私の野心というべきものか、それとも反骨精神というものであろうか、虐げられてきた記憶や、語弊はありそうだが、本当に純粋に対人関係に対しても、創作活動に関しても、取り組みたいという精神とでも云いましょうか。

私は、"信じやすい"という、長所とも云えるような欠落が御座いまして、どんなに利用されようと、どんなに都合良く扱われようと、盲目であったと思います。

きっと今でも簡単には覆せない程の、"信じる"精神を持ち合わせていて、本当に無知で無垢だったように思わされます。

自分では意識していなかった程の「性善説」のような価値観が、根底にあり。人が、陥れる心算であることに、全く気付くことがなかったのです。

そんな中で私を支えようとしてくださった、恋人の事に私はかなりの執着をもようしていた様子で、「1から10を作り出すのは容易だが、0から1を作り出す、その君の行いは大変尊い。応援したい」その言葉のみで、きっと今までの私ならば、どんな倫理観に抵触しようと、割り切れたはずであるのに、それでも受け入れ難かったと存じます。

彼が突然蒸発したことも、恨むつもりはありませんが、きっと私が努力して成し遂げれば、見ていてくれるのではないか。そんな本当に純な気持ちで縋ってしまう。私は、その人が私を経歴上騙していたとしても、救われた心地であったのです。

人を心から信じてしまうのは、いけないことだったのでしょうか?

未だに私には着地点を見つけられないでいます。もう彼のよしなにで構わぬのだから、私の純潔すらも守りたい気持ちなのです。

愚かだと、理解していても、恋に対する愚直さ、制作に対する真摯さ、形而上の懊悩、形而下での折り合い、勉強に関しても中々教授に踏み込んで質問もできず、教授の発する言葉の端々をメモ取り、それに対して内省的に思案し、私がどれ程の事柄に拘泥し、一つの事柄に対して真剣に取り組む様を、ご存知の方はご存知であり、私は恋に関しては包み隠さず向き合う姿勢でありました。

どんなにそれが理不尽であろうと、どんなにそれが都合良く扱われようと、倫理観に抵触していようと、相手を想う気持ちが、私にとっては、大切だったと、いつか伝えられる日が来ることを望んで、自分のやるべきものが、最早制作しかないというような心算に至っているのです。

私の慕う気持ちは、敬意から始まる事が多いと存じます。それが、純愛に向かうかはさて置き、尊敬する相手に認められたいのです。そして、自分の納得するものを作り上げていきたいのです。


これが、包み隠さず、私の素直な気持ちなのです。


学校からは集中治療法を言い渡され、11月から入院という手続きに入ります。

摂食障害の治療や体重や基礎体力をつくり、形而上や形而下の混色をしながら制作に励みたいです。教授はきっと、無理するなという姿勢ですが、私は無理してでも自分の制作に向き合いたいという意志が、とても強く沸き起こっていることを自覚しています。もっと、まなばさていただきたい、刺戟を受けたい。

故に、復学にいたったのです。

余りの自信のなさ、余りの自己肯定感の無さ、夢を追いかける程の実力の無さ。

でも、16.17歳の頃から、作る事に関しては、煮え滾る程の情熱というマグマが奥底を占めていた事を、私は殻に篭り押し殺していました。

クールさを装いつつも、そのマグマが煮え滾るのを、最早抑える事すらも不可能な事態でした。


私に作らせてください。もっと思慮させてください。納得できるものを作らせてください。その為になら、画材や制作費にお金を惜しむ心算つもりは、ないのです。

できる事なら、尊敬する先生方に、できることなら最愛の人に、やはり認めてもらいたいです。


脱線しましたが、福岡文フリの頒布予定です。新刊間に合わなかったので、既製品になりますが。

・透明物語・寄生・詩誌シリーズ第二弾まで既存の計4作品。

・間に合わないもの:新刊(ごめんなさい)

・DMサイズでショートショート無料配布。

以上になります。


無理するな。そういった配慮は大変ありがたいのです。しかし、死に向かっていた16.17歳の私からは考えられないような、意欲があることを、ここに示しておきたいと存じます。



小柳日向拝